この混沌とした現世の毎日を幸せに暮らし抜くために好きなことあれこれの公開書き散らし私信

坂本龍一さんの「私だけが知っている」ウラバナシ

袖擦れ合った坂本さんはやはり「天才」でした

坂本龍一さんが惜しまれつつ没されてから数年が経ちました。超有名アーティストだった坂本さんとなぜか「袖擦れ合うのも他生の縁」程度の縁があったらしく、間接的に1度、直接的に2度、現世で遭遇させていただきましたが、もう時効の裏話をさせてもらってもいいかな、ということで故人を偲んで思い出のエピソードを3つほど。有名人だからいろいろと噂話は聞いてましたけど、それは今でも言えません。

20代でかいま聞いてしまった「へえ」な電話のこと

駆け出しの雑誌編集者だった頃、定期掲載の原稿を音楽ディレクターの「モイチさん」にもらいに事務所に伺った時のこと。雑談をしていると電話がかかってきて「ちょっとごめん」と中座された「モイチさん」が誰かと話している内容が「いや、まだ公表しないでください。坂本本人がかなり動揺しているので。正式発表は近日中にいたしますので」と聞こえてきました。もちろん、話の内容などお聞きするのもはばかれるので、聞こえないふりして帰りましたが、「坂本本人」が坂本龍一さんで、その動揺の理由と「正式発表」とは矢野さんとのデキ婚入籍のことだったんだなと、後日、すぐにわかりました。
そういえば、「モイチさん」は坂本さん界隈のお仲間だし、当時、二人が付き合っていることは、私のような業界の隅っこに居る下っ端でも知っていたし、どこかのマスコミからの問い合わせに答えていたんだな、有名人の関係者って大変だな、という思い出です。

20代で「血液型パンツ」に声かけられたこと

ほぼ同じ時期のこと。ジャニーズアイドルの衣装サポートのバイトをしていた友人と一緒に、知り合いのスノッブな方に、東京・白金台の「ミュージシャンがよく来る」というビストロみたいなお店に最初で最後、連れられて行ったことがあります。
大きな丸テーブルの端っこに並んで座ると、友人が大きな「スタイリスト風デカバッグ」をゴソゴソ掻き回し、「〇〇ちゃん(私のこと)血液型O型だよね。これあげる」と手渡してくれたのは、白地でお尻の二つの丸みを覆うあたりに真っ赤な「O(オー)」のでっかい英字がプリントされたやや厚手の下着のパンツ。浅草橋の問屋街で1点100円で売っていたそうで、「私はB型だから」と黄色英字のそれを二人で秘めやかに広げていたのですが、なにか背中に気配を感じてふと振り向くと、あの、坂本龍一さんがヌウと立たれていて、ひと言、「血液型パンツ、僕にも見せて‥‥」とおっしゃられたのでございます。
(ヒエ〜!?)からの「‥‥坂本さんにお見せできるようなものではありません」と小さな声で丁寧にお断りすると、あっそうと静かに去って行かれましたが、入ったとたんに、高中(正義さん=ギタリスト)が居る〜、と感動した店内には、見渡した限りその存在をお見受けしなかったし、はてはていつの間に入店し、猫のような忍者のような、気配隠した音のないすり足で背後に立たれた坂本さんには、「天才」のオーラが確かに感じられました。あー、100円の「血液型パンツ」で息を詰まらせた思い出です。

40代で住宅地の歯医者のフロアですれ違ったこと

当時、在籍していたローカルなタウン誌編集部の上司にお使いを言われて、某東京メトロ線の某駅前にある、某歯医者さんまで校正紙を渡しに伺ったことがありました。こじんまりした、まあどこにでもある規模とイメージの歯医者さんです。出入り口のガラス扉を開けたとき、治療を終えたらしい患者さんペアとなにげにすれ違いました。
(うん?)まさかと思って、お待たせと出てきた院長先生に「今出て行かれたの、坂本龍一さんではないですか?」と伺うと「そう、今ニューヨークから帰っていて、奥さんとメンテナンスに来たんだよ」と普通に教えてくれました。私も聞かなきゃいいのに「奥さんって、表の奥さんではなく‥‥」と深堀りしてしまうと、「うん、裏の奥さん」とこれまたこともなにげにうなずかれました。(現在では、ご本人が公表したから秘密でもないし)
あとで上司が教えてくれましたが、この院長先生は歯科医師業界のカリスマ的存在だそうで、院長のスケジュールに合わせて決められる、その予約は数ヶ月待ちというお方でした。
蛇足ながら、院長先生が私の顔を見てひと言、「頬骨がもう少し出てないといい顔相なんだけどね。あ、疲れているみたいだから、気を入れておいてあげるね」と、目の前でエイッと十字を切ってくださいましたが、「その道の天才」には「その道じゃないけどやはり天才」が引き寄せられるのだなあ、と感心した思い出です。